活動の記録
日本生化学会東北支部優秀論文賞・奨励賞 要旨 2008年 |
- 優秀論文賞
Dissociation of the insulin receptor and caveolin-1 complex by ganglioside GM3 in the state of insulin resistance
東北薬科大学 分子生体膜研究所 樺山 一哉
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膜の不均質性が生体膜において重要な役割を果たしていることがこれまでの研究で実証されており、Lipid Raft(マイクロドメイン)の概念がその基盤となっている。しかしながら、Raft研究の分野では解析手法が手詰まりの状態で、生体膜を時空間に支配された液層として研究する物理的手法はまだ開発途中である。これが実際の細胞と生物学的手法、物理化学的手法との間に大きな溝を作っている。
Lipid Raftの構成成分として知られているガングリオシドは,シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質ファミリーの総称であり、GM3はその生合成経路における最初の分子である。GM3はヒトを含む哺乳動物の種々の細胞に広く発現していることから、その生理機能および病態生理学的意義が注目されてきた。ガングリオシドは細胞膜表面に発現し癌細胞の接着や浸潤、受容体活性、細胞間認識などに関与している。これらの作用機序の一つとして膜受容体分子のLipid Raftへの集積あるいは解離が想定されている。
この仮説を生細胞において実証するために、顕微鏡を用いた分子動態観察をLipid Raftと膜受容体の相互作用解析に導入することを考えた。我々は以前に、TNFα処理によりインスリン抵抗性状態を惹起した脂肪細胞において、GM3の蓄積がカベオラ画分からインスリン受容体(IR)を解離し、インスリンの代謝性シグナルが抑制されることを報告していた。そこでIR、カベオリン-1(Cav1)およびGM3の相互作用メカニズムを解明するために、免疫沈降法、架橋実験、全反射顕微鏡を用いた一分子観察法と共焦点顕微鏡を用いた光退色後蛍光回復法によるイメージングを行った。その結果、(1) IRはCav1およびGM3とそれぞれ独立した複合体を形成する。(2) GM3が形成する微小膜ドメイン中のIRはCav1の形成するカベオラ構造から解離することにより流動性が向上する。(3) IRβサブユニットの細胞膜貫通部位直上の塩基性アミノ酸リジン残基はIRとGM3の相互作用に必要である、ということを実証した。以上の事から、増加したGM3ドメインとIRとの相互作用がIR-Cav1複合体を解離することが、脂肪細胞におけるインスリン抵抗性の発症機構の一因であるという新たな分子病態像を提唱する。
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- 奨励賞
ユビキチン化を介した損傷クロマチンのダイナミクスとその意義
井倉 毅1、田代 聡2、井倉正枝1、島 弘季2、五十嵐和彦1
東北大学大学院医学系研究科・生物化学分野1、広島大学原爆放射線医科学研究所・細胞再生学研究分野2
- ゲノムDNAは、放射線や様々な化学物質などにより損傷を受ける。細胞はそれらの損傷を認識し、修復因子やチェックポイント蛋白質を損傷部位へリクルートすることによりDNA修復機構を開始させる。DNA損傷領域におけるクロマチン構造変換は、修復因子あるいはチェックポイント蛋白質の損傷部位へのアクセスに必要と考えられているが、その分子機構と役割については不明な点が多い。これまでに我々は、ヒストンアセチル化酵素の一つであるTIP60が細胞内で複合体を形成し、DNA損傷応答に関与していることを示してきた。そこで我々は、TIP60のDNA損傷応答における役割を明らかにするために、TIP60をDNA損傷下で複合体として精製し、DNA損傷依存的にTIP60複合体に含まれる因子の探索を行った。その結果、ヒストンH2AのバリアントであるH2AXとユビキチン結合酵素UBC13が損傷依存的にTIP60複合体に含まれることが明らかとなった。これらの事実から、H2AXが損傷依存的にアセチル化およびポリユビキチン化されることが示され、それらの修飾がTIP60とユビキチン結合酵素UBC13によって制御されていることがノックダウン細胞を用いた解析により明らかになった。さらにH2AXのアセチル化およびユビキチン化がH2AXの損傷クロマチンからの放出に関与することをMicro-irradiationを組み合わせたFRAP解析法により示し、損傷部位のクロマチン構造変換機構の一端が明らかとなった。興味深いことに、損傷依存的なH2AXのポリユビキチン化とそれに伴うクロマチンからの放出はH2AXのアセチル化に依存しており、これまで報告されているH2AXのリン酸化には依存しないことが示された。これらのことからTIP60ヒストンアセチル化酵素がUBC13と複合体を形成し、H2AXを含む損傷クロマチンを制御することが明らかとなった。今回は、TIP60によって制御される損傷クロマチン構造変換の意義について考察し、またTIP60がDNA損傷の新たなセンサー蛋白質となる可能性についても議論したい。
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